ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団中島敦の「憑依」を読む。
あるとき主人公のシャクは、戦いによって死んだ弟が乗り移ったかのような言動を始める。それはやがて、弟だけではなく、鯉や隼や牝狼たちになって、生活の楽しさや哀しさや、湖と草原の壮大な眺望や、冬の飢えのつらさを、村の人々に語るようになる。
村人たちはその話の面白さに夢中になるが、まったく仕事をしないシャクに対してよく思わない連中もいる。彼らによってシャクはやがて粛清される。
ホメーロスの時代より前から、このような吟遊詩人はいたのじゃないかという寓話。
切れ味鋭い文章で描かれる掌握小説。9ページ足らずだが重厚な読後感がある。
音楽における掌握小説の書き手といったら、まずウェーベルンをあげたい。
音のつながりの密度の濃さが生み出す緊張感と爆発力。一瞬たりとも目を離せない。面白半分に言えば、それに対してシューベルトのピアノソナタやブルックナーのシンフォニーは長編小説。
オーストリア人の長いもの好き、というようなことを吉田秀和が言っていたが、そういうものを好んできた彼らは、短い小説もまた得意だったわけだ。
「管弦楽のための6つの小品」、略してカンロク。そんなことは誰も言わない。
4曲目の「langsam」は、全曲を通しての見せ場。
この演奏では4分35秒であるが、あたかもブルックナーのアダージョ楽章を思わせるような果てしないような時間を感じながらも、あまりの緊張感に、音量がピークに達するときは、いつも失禁してしまいそうになるなあ。
ブーレーズがロンドン交響楽団を振った「カンロク」は、今聴くとすっかり古典の風格が漂う。キツさはあまりない。むしろザラッとした感触の手触りに、ほんのりと情緒を感じる。
1969年2月1日、ロンドン、バーキング・タウン・ホールでの録音。
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