里中李生の「耐える技術」を読む。
ビジネス本や自己啓発本の大半はくだらない。成功の要因のほとんどは運がいいからなのに、ドヤ顔してありきたりなことを書いているからだ。
わかっているのだが、たまに読みたくなる時がある。疲れているのか、あるいはこの程度の人が本を出せるんだというちっぽけな優越感にひたりたいからか。
本書はくだらないわけではない。マシなほう。ただ、1時間そこそこで読めてしまうところ、密度が濃いとは言い難い。
著者は心臓神経症に悩まされ高校を中退し、さまざまな職に就くもののうまくいかず、個人でできる仕事をしようと決意し作家になった。
そのあたりの経緯が詳しく記述されており、感情移入できる。作家になるまでのなみなみならぬ苦労が描かれており、応援したくなる。自分は運がよかったことも、心得ている。昼からビールを飲む人を批判するところは納得いかないが、まあ、まともな人ではあると思う。
できれば、著者が今現在貧乏であったならば、もっとよかった。
エレーヌ・グリモーのピアノでベートーヴェンのピアノ・ソナタ31番を聴く。
持ち得る能力を十全に出し切り、技と工夫をおしみなく披露した演奏だ。
ニュアンスがとても細やかで、流れも自然。音色も艶やかで文句のつけようがない。起伏に富んでいて、とても巧み。
1楽章は穏やかななかに、淡々とした味わい深さがにじみ出る。
2楽章は激しい。速いパッセージで強弱の変化を巧妙につけていて、それがとても効果的。フォルテッシモは強烈。
3楽章は大きく分けて前半のアダージョと後半の速いフーガとで構成されている。
「嘆きの歌」はじっくりと歌っている。情緒深い。浪花節になるところ一歩手前で踏みとどまっている。
フーガは厳かに始まる。じょじょに盛り上がっていくところは、自然に湧き出てくるようで、気がつくと音の洪水に飲みこまれている。
ラストは盛大に締めくくられる。
グリモーはこの録音当時30歳前後。決して若すぎるということはない。ベートーヴェンの後期の高峰に真正面からがっぷり四つに組んで、堂々たる成果をあげた。
ただ、好みでは、グルダやゼルキン、グールドをとる。彼らのそっけないほどに端正な31番を好きなのだ。
1999年、ニューヨーク、パーチェース・カレッジでの録音。
パーティ。
「ぶらあぼ」4月号に掲載されました!PR