ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番「ハンマー・クラヴィーア」 ハンス・リヒター=ハーザー(Pf)「小説こちら葛飾区亀有公園前派出所」は、少年ジャンプに連載しているおなじみの漫画をモチーフに、現代の人気作家がおりなす短編集。
メンツは、大沢在昌、石田衣良、今野敏、柴田よしき、京極夏彦、逢坂剛、東野圭吾。
どれも登場人物がイキイキと描かれているし、ストーリーもしっくりと練られている。
なかでも、今野敏の「キング・タイガー」はいい。警察官を退官した男が、定年後の趣味としてプラモデル作りにいそしむ。行きつけのプラモ屋の陳列ケースに、本物と見間違うほどにリアルな戦車の完成品が、ほとんど日替わりに置いてある。それがひとりの人物の手によるものだと知って驚愕する。両津という警察官が作っていることを知った男は、両津を目標に、四苦八苦しながらプラモ作りに没頭する。そして、ようやく完成した戦車をプラモ屋に見せに行くと、おもむろに両津が現れて・・・。
じんわりとくる、いい話なのである。
リヒター=ハーザーのベートーヴェン選集、最初に3番の協奏曲を聴いたときに、わりと四角ばったベートーヴェンだと感じたが、この大ソナタでも基本的なスタイルは変わらない。
じつに剛直だ。そして、そっけない。自然体で力まないところが、疾風のように走り抜けるグルダの演奏(アマデオ盤)を思い起こさないわけにいかない。
件の3楽章は、テンポをじっくり落とした演奏も悪くないと思うものの、淡々と、あっさりと速足で駆け抜けていくもののほうが、性に合う。乏しい経験ではあるものの、この楽章はこうしたやり方のほうが感動する確率が高いようだ。淡麗辛口。
終楽章はさらに際立っている。溢れんばかりの水分を湛えた音がそれぞれ生命をもっているかのように躍動し、怒涛のフーガを演出する。空きっ腹を直撃だ。
全体的に、地味な演奏ではあるけれど、なにがじわじわとくるものがある演奏だ。リヒター=ハーザーのベートーヴェン、まだ半分も聴いていないから、さらにさらに期待できる。
欲を言えば、第1楽章はガツンと反復してほしかった。こういうピアノは、少しでも長く聴いていたいからね。
1960年7月、ロンドン、アビー・ロード・スタジオでの録音。
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