夏目漱石の「三四郎」を読む。
「三四郎は切実に生死の問題を考えた事のない男である。考えるには、青春の血が、あまりに暖か過ぎる。眼の前には眉を焦がすほどな大きな火が燃えている。その感じが、自分である」。
学生の頃に読んだときは、「三四郎」、「それから」、「門」をワンセットにして、形而上的なものを求めていた。
でも今読むと、これは恋愛小説である。とても、純度の高い。
恋愛は初期の頃が味わい深い、とは誰もが言う。そのことを、これを読んで改めて思い知らされる。漱石の筆致は、このうえなく瑞々しい。
ペライアのピアノで、ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」を聴く。
ヘンデルの典雅なメロディーを基礎に、めくるめく広大な世界が展開される作品である。長さは異なるものの、作品としての完成度の高さでは、ベートーヴェンの「ディアベリ」に比肩すると思うし、ブラームスの作品としては最高峰のひとつとして候補に上がるのではないか。
ピアノの技術に疎いが、大変なテクニックを擁する曲だろう。ブラームスの音楽はヴァイオリン協奏曲を始めとして、技術が難しいわりにその効果が顕在化しない曲が多いと聞くが、これもそうだろう。彼の書いたコンチェルト並みか、それ以上に難しいのではなかろうか。
ペライアのピアノは目覚ましい。鋼鉄のようなスタインウェイ(たぶん)を用い、恐ろしく幅の広い音色を編んでいく。それは立ち並ぶ超高層ビルのようである。これほど立派なピアノもないだろう。
変奏曲はそれぞれ味わい濃い。そうした密度の濃い時間を過ごしてきて、ラストのフーガに差し掛かると愕然とする。
帽子はどこにあるのかわからない。
2010年6月、ベルリン、フンクハウスでの録音。
海辺。
重版できました。
「ぶらあぼ」4月号に掲載されました!PR