谷川浩司の「常識外の一手」を読む。
著者は14歳にして将棋のプロになり、史上最年少の21歳で名人を獲得した棋士。いまは現役を続けながら、日本将棋連盟の会長の重責を担っている。
本文が書かれている内容は、ひところ話題になった人間対コンピュータの対戦のあらましと、将棋連盟の会長としての仕事とはどのようなものかとのふたつに大別される。
だがそれよりも、五十代をいかに戦うか、という章に興味をひかれた。谷川浩司、1962年神戸生まれ。自分の2つ上である。
以下は、老年にとって勇気づけられる言葉になるだろう。
「七十四歳まで現役をつづけた有吉道夫九段とお酒をご一緒した時に、『自分が年を重ねていくうちに、何ができて、何ができなくなるのか、実験台になろうと思う』と話していたことを思い出します。もうすでに七十歳を超えられているときですが、このお話をうかがって感銘を受けました」。
として、
彼は「五十代になっても、自分が指す将棋はある」と確信する。
ひと昔はSE35歳定年説というものがあったが、50歳になってもまだSEを自分はやっている。谷川の真似をするならば、五十代になっても自分ができるシステム設計はあるのだろうか。それを信じたい。
スメターチェク指揮チェコ・フィルの演奏で、スメタナの「わが祖国」を聴く。
これは、端正な佇まいのなかにどっしりとした風格を兼ね備えた演奏。下手に近寄ればスッと切られるような殺気が漂う。これは、ただの演奏ではない。もし、ムラヴィンスキーがこの曲を指揮したならば、このような演奏になるのではないか。感覚が研ぎ澄まされていてシャープ。ひどく緊張していると、ふと優しい表情をもみせる。ここぞという場面ではテンポを大きく動かす。油断してはならない。少なくともゴロ寝しながら聴く音楽では、これはない。
全体的に、心もち速めのテンポでサクサクと進むが、チェコ・フィルの美点はじゅうぶんに生きている。ことに、「ボヘミアの森と高原より」でのヴァイオリンは、ときに切っ先の鋭い、ときにまろやかな響きを醸し出している。幾重にも重なり合う上等な音の織物。
ホルンと木管によりコラールは、精妙にして芳醇。この感覚は、ウイーン・フィルあるいはドレスデン・シュターツカペレでもときおり聴くことができるが、「わが祖国」に馴染むのはチェコ・フィルだと思う。
ラストの「ブラニーク」では、チェコ・フィルの機能美が炸裂する。キビキビしており、どの楽器も雄弁。艶やかなオーボエを始め、ヴァイオリンのたっぷりとした厚み、いぶし銀のようなファゴット。もちろん、とどめはホルン。わずかにヴィブラートのかかった、軽やかでまろやかで、しかもなにげないこの音、なんて上品なのだろう。スメタナが求めた音はこれではなかったかと感じないわけにいかない。すごい説得力!
スメターチェクは、1906年にブルノで生まれた。1930年から1933年にかけて、ターリヒのもとのチェコ・フィルでオーボエ奏者をつとめ、その後プラハ管楽五重奏団を創立、それとほぼ並行して指揮者としての活動を始めたという。一時は「チェコのカラヤン」との異名を得たらしいが、年下のノイマンのほうが政治力が上だったとのことで、その影響からか録音はあまり多く知られていない。
しかし、この録音を聴いたならば、彼の他の演奏をぜひとも聴かないわけにはいかなくなる。
1980年9月、プラハ、芸術家の家での録音。
休憩。
重版できました。
「ぶらあぼ」4月号に掲載されました!PR