チェーホフ(神西清訳)の「かもめ」を読みました。
「おれはついぞ、自分の意志をもった例しがないのだ。・・・気の抜けた、しんのない、いつも従順な男・・・一体これで女にもてるものだろうか?」
不勉強だから、この作品を軽やかな喜劇だと思っていました。紐解いてみると、登場人物はみな煮え切らないし、陰惨な雰囲気すらある。衝撃的なラストを読んで、ようやく悲劇だと確信した始末。
作家の若者と女優との恋愛を軸に話は進みますが、周囲の人々のこまごまとした喜怒哀楽がふんだんに盛り込まれている。実にどうでもいいことばかりなんだけど、それが生活というもの。哀しくもいきいきとした登場人物の表情が見えるようで、なんだかいとしい気持ちになりました。
ヴィルヘルム・ケンプのピアノで、シューマンの「フモレスケ」を聴きました(1973年2月、ハノーファー、ベートーヴェン・ザールでの録音)。
この曲を初めて聴いたのは、アシュケナージのLPで。A面の「クライスレリアーナ」が目当てでした。B面も何度か聴いたけれど、「クライスレリアーナ」ほど強い印象は持ちませんでした。
それから短くない時を経て、紀尾井ホールでのペーター・レーゼルのリサイタル。そこでこの曲を聴いたとき、おおいに感銘を受けた。淡い詩情が胸の奥にすっと入り込むようで、音楽を聴く喜びに満ちた30分でした。
ケンプ盤もいい。ピアノの音はわりとがっしりしてるけれど、ときには羽毛のように柔らかく、ときにはパンジーのように色鮮やか。音色と強弱の変化が豊か。
そして全体から立ち上る幻想の味が濃い。ああこれがシューマンだと、しみじみ感じさせる演奏でありました。
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