バルザック(石井晴一訳)の「谷間の百合」を読む。
『僕のなかにあるいいものは、みんなあなたからいただいたものばかりです。もうお忘れになったのですか、僕はあなたの手で作られた作品なのです』
『女を幸せにするにはその一言だけで充分ですわ』
舞台は19世紀初頭のフランス、王政復古の時代。
青年貴族であるフェリックスは、偶然に出会った年上の人妻であるアンリエットに恋をする。ときに、彼は20歳くらい。この恋は彼女の死によって終わるまで、5,6年に及んだ。でも彼は、途中でイギリス人の、やはり貴族である夫人と浮気をする。そしてその傍ら、パリの社交界をうまく泳ぎ、ルイ18世の右腕になるなど仕事上の野心も叶えることができた。
久しぶりにアンリエットのもとに帰ると、彼女は死の床にいた。嫉妬と悲しみのために食事を拒否し、死を選んだのである。見る影もなくやせ細った彼女であるがフェリックスに対する愛情は薄れていない。彼は遺言を託されて、彼女をみとった。
アンリエットは老体で癇癪持ちの旦那、そして病弱な息子と娘の世話を焼きながらフェリックスを愛するのだけれど、貞操は固い。フェリックスは社交界でのし上がりたいという野心もあるいっぽうで、じつはそれに業を煮やしてパリに行った、というのが本音だったと読み取れる。とくだん、変わった話ではない。
この物語は、フェリックスからナタリーという女性への書簡という立てつけになっている。この本でいうと550ページに達する。手紙を書くほうも書くほうだが、読むほうはたまったものじゃないだろう。けれどナタリーはしっかり読み終えた。彼女の所感は一番最後、総括のようなかたちで登場する。フェリックスに対する辛辣な言葉はもちろん、アンリエットやイギリス夫人への皮肉もたっぷり。これが、本作のクライマックスと言えるだろう。正直言って、途中、いささか退屈なところもあったけれど、最後でスッキリした。
フェリックスとアンリエットの描写はとてもしっとりとしていて牧歌的で、そして細やか。バルザック一流のレトリックが冴えわたる。彼はストーリー・テラーである以上に、まず文章が素晴らしい。なんということもない他愛もないことが、彼の筆によって、生命の炎のようにメラメラと燃えさかる。こんなに文章のうまい作家は、ほかに何人もいないのじゃないだろうか。おおいに、魅せられないわけにいかない。
翻訳も素晴らしい。
パドモアのテノール、ルイスのピアノでシューベルトの「美しい水車小屋の娘」を聴く(2009年9月、ロンドン、リンドハースト・ホールでの録音)。
バルザックが描いたところの「谷間の百合」には、水車小屋が登場する。谷間にある伯爵夫人の住まいの敷地に、ひっそりと佇んでいるのである。読んでいて、この音楽を思い出さずにはいられなかった。
パドモアは、まず声が綺麗。とりわけ高音の伸びがいい。冬の湖のような透明感をたたえており、ガラス細工のように繊細でもある。
そして彼は、ひとつひとつの言葉を慎重に吟味して、明瞭に発音する。それがある種の起伏を音楽に与えている。そういうやり方はF=ディースカウやシュライアーがうまいものだけれど、彼らとは味わいが少し異なる。
前半のクライマックスである「水車屋の花」と「涙の雨」は瑞々しく、そしてデリケートこのうえない。聴いていて、切なくなる。
「ぼくのもの!」や「みどりのリボン」といった速い曲に対しては、表情の変化をすばやくつけて、抑揚のある音楽をかたち作っている。
素晴らしいシューベルト歌いだと思う。
ルイスのピアノは、歯切れがいいし、音色がふくよか。ときおり、左手を強調させて音楽に適量のスパイスを加えていて素敵。
パースのビッグムーン。
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