内田樹と高橋源一郎が編集した「嘘みたいな本当の話」を読む。
これは、ポール・オースターがアメリカのラジオで始めた、聴取者参加型番組の日本版。作り話のような実話のセレクションである。
気に入ったのはこれ。
「私が大学生だった頃、同じ研究室にMさんというおっとりとした大学院生の先輩がいた。あとになって楽天のM社長のお兄さんと知った。
隣の研究室にいた後輩のO君はノーベル賞受賞者の息子さんだった。
そして一緒に昆虫の研究をしていたK君は、JRに就職し、畑違いのところに行ったなあと思っていたら、旧国鉄総裁の孫だった。
そんなスゲー人たちに囲まれて学生時代を過ごした私はいま、四十歳を過ぎてフリーターである」。
ほのぼのしている。
ルプーのピアノで、シューベルトのピアノ・ソナタ20番を聴く。
ルプーは、強弱の微妙な変化をつけるのがうまいピアニストだと思う。それをはっきり感じたのは、シューベルトの即興曲を聴いたときだ。
当時はこの曲をいろいろ聴き比べた。ブレンデル、ツィメルマン、ホロヴィッツ、シュナーベル、シフなど。どれもそれぞれ違う特長があって面白さは尽きなかったが、ルプーの弱音に対する配慮も強く印象に残った。
この20番については、こころもち速いテンポでもって弾き進めてゆく。随所に強弱の変化をつけているが、意識しないとわからないくらい微細で自然だ。わざとらしさとか、あざとさを徹底的に排除した、誠実な演奏である。
全体を通して、ストレート主体の演奏。だからこそ、終楽章の憂愁が映える。
彼はデビュー直後に「千人にひとりのリリシスト」と言われていた。こう聞くと、なんだかヤワなイメージを持ってしまう。だが、このシューベルト(あるいはシューマンやベートーヴェン)を聴く限り、王道をまっすぐ目指したスタイルを保持するピアニストだと思う。
ラドゥ・ルプー(ピアノ)
1975年8月、ロンドンでの録音。
PR