シューベルト「後期ピアノソナタ」 レイフ・オヴェ・アンスネス(Pf)椎名誠の「ひとりガサゴソ飲む夜は……」を読む。
椎名といえば旅とサケ。本書はそのエキスだけを抽出した罪深い読み物。
熊本の馬刺しに焼酎、スコットランドの生牡蠣のウイスキーがけ、八丈島のクサヤに焼酎、韓国のチヂミにマッコロリ、川のキャンプの岩魚の骨酒、羅臼の赤ホヤと冷酒、浄土ヶ浜での風呂上がりの生ビール、そして新橋のガード下…。
たまらん。
こちらもそろそろ一杯。
アンスネスのシューベルトをかねがね聴いてみたかった。村上春樹が「意味がなければスイングはない」のなかでシューベルトのこの曲の聴き比べをしていて、アンスネスの演奏を近年の録音のなかでイチオシとしていたからだ。そのへんにころがっているような動機である。
新しい録音で、かつカーゾンやクリーンと並ぶような演奏とはいかなるものか。
聴いてみると、角のとれた柔らかい肌触りのピアノである。あたりのキツいところは皆無で、どこをとってもマイルド。ほんわかと包まれるように和む音である。
とてもいい音色だが、それはグールドやミケランジェリみたいに人を寄せ付けないような圧倒的な音ではない。変な言い方だが、常識の範囲内で美しい。しごくまっとうな、21世紀の正しい(?)ピアノである。
全体的にバランスのよい演奏であり、なかでは3、4楽章が際立っていいように思う。テンポの動きの柔軟さ、そしてときおり見せる控え目な装飾音のセンスが抜群。細部の彫刻がとてもデリケートであり端正であるうえに淡い霊感もそこはかとなく漂う。シューベルトの演奏ではこれが重要だ。それはなんぞやと言われると説明が難しい。理詰めではなく直線的に突き刺さってくる浮世離れした情感のようなもの。
明るくて伸びやかな、気持ちのよいシューベルトである。
2002年10月、ロンドン、アビーロード第一スタジオでの録音。
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